東海道・山陽三十五次(はてな)

鉄道写真撮ったりウソ電作ったりイラスト描いたりするブログです。

2/2:高輪橋架道橋の内部

JR田町車両センター跡地の直下を、高さ制限1.5mの一方通行道が通り抜けています。
トンネルではなくガード下、名前を「高輪橋架道橋」といいます。

高輪ゲートウェイ駅絡みの再開発によってこの道路は姿を消すらしく、興味があったので歩きに行きました。
カメラ高さのご参考程度に、私の身長は160cm台前半でございます。

同所での山手線撮影の記事はこちら


入口と降雨注意の標識
都営泉岳寺駅から徒歩数分、こちらが西側の入口です。道路は西から東への一方通行なので、自動車の場合はこちら側からしか入れません。
「降雨時の水に注意」と書かれた標識が立っています。線路をくぐる関係で道路内部が周囲よりも低くなっているので、水が流れ込みやすいのかもしれません。

ここには夜間車両通行止工事を行う旨のお知らせ看板も立っていました。これも再開発絡みの工事でしょうか。

天井の鉄骨とタクシー
「制限高1.5M」と書かれた鉄骨が目を引きます。通過しているタクシーと比べると、その天井の低さが伝わるかと思います。

壁には衝突事故時のJRへの連絡先を記した看板がありました。車両センター跡地の他にも山手線を始めとする営業路線が多数通っているため、いざ衝突した時の緊張度は高そう。

山手線内回りの線路下
山手線のレール
この写真を撮影した位置のちょうど真上に、山手線内回りの線路が通っています。
列車通過時の迫力がすごい。営業列車の真下にここまで近付ける場所も珍しいのではないでしょうか。

京浜東北線の高架下
京浜東北線高架の橋脚
こちらの道路は意外と交通量があり、断続的に乗用車が通るほか、自転車で走り抜ける方もたくさんいらっしゃいました。歩行者とのすれ違いも多かったです。

地上配線の関係で京浜東北線が他より1段高い位置に通っているため、隙間から外部の明かりがさす箇所があります。

3種類の看板
不用品の投棄や蛍光灯設備の破損を注意する看板。その奥には塗装記録の看板がありました。どれもかなり汚れてしまっています。

西側の入口方面
西側入口の方を振り返ってみました。天井の低さがよくわかります。

速度制限の凸凹
道中至るところの路面に、速度超過を抑えるための凸凹が設置されていました。

コンクリート製の天井
東側に進みます。天井はコンクリート製のものに変わりました。
外の明かりが届かなくなり、視界は一気に暗く。

天井構造の違い
一部、コンクリート製でない天井も混ざっていました。隙間から僅かに明かりが漏れています。

天井に反射する灯り
内部の灯りが天井に反射していてきれいです。

歩道側の照明器具
歩道側には直線状の灯具が設置されており、足元を満遍なく照らしてくれていました。

縦向きのパイプのようなもの
ところどころ、縦向きの柱かパイプのようなものが立っていました。

コンクリートが割れた天井
車道を横切る排水溝(?)がある辺りで、天井のコンクリートが削れていました。位置から察するに、乗用車の屋根上が接触したのでしょうか。

カーブしている内部
道路が左側(北側)にカーブし始めました。

補修されたらしい壁
補修されたのかして、車道側の一部の壁がきれいになっています。

ポールコーンが生えたコンクリートブロック
この付近では、車道と歩道を区切るコンクリートブロックに、背の低いポールコーンが取り付けられています。

白い扉
「関係者以外立入禁止」と張り出された白い扉。どこへ続いているのでしょう。

低くなった天井と東側出口
天井がさらに低くなると同時に、東側の出口が見えてきました。

そしてこの時点で期待が打ち砕かれたというか…

小学校の頃から "屈辱の前ならえポーズ" を経験してきた低身長な私は、人生で初めてかもしれない "公道で天井に頭をぶつける" というイベントにワクワクしていたのでした。
身長は前述のとおり160台前半、高さ制限は1.5M!ならば10cmほど頭をぶつけるだろうと思い、緊張が高まります。

しかしもう少しよく考えるべきでした。もし天井自体が1.5Mの高さにあるのであれば、高さ1.5Mの車をぴったり通すのは難しくなります。走行中の上下動などもありますし、実際の天井高よりも数十cmほど余裕をとった高さで車高制限をかけるはずです。

結論を申しますと、 "人生で初めてかもしれない公道で天井に頭をぶつけるというイベント" は一切ありませんでした。
天井は低い所でもおそらく165cm前後の高さと思われ、辛うじて頭髪が天井に擦れる感触があったのが慈悲のように感じられてしまいます。残念。

低い天井の下を通るタクシー
話が脱線しました。
ここから東側出口までは、均等に天井が低くなっているようです。

柵のような扉
今度は柵のような扉がありました。看板のようなものが付いていますが、文字を読み取れる写真がありませんでした。

出口と路面の凸凹
後方の直線区間
ようやく東側に抜けます。のんびり写真を撮りながらで12~13分ほどかかりました。

最後の凸凹部分
登り坂の始まり
急カーブした登り坂
最後の最後、東側出口の直前にも凸凹があります。それに加えて急な上り坂が始まるためか、こちらの天井部分にも、何かがぶつかってコンクリートが砕けた跡が残っています。

高輪橋架道橋の看板
東側出口の様子
歩き切りました。
「高輪橋架道橋 5K573M88」と書かれているのは、おそらくJR線の路線長絡みの表記ではないかと思います。

帰宅後に調べたところ、元々この道路は水路だったようです。
水路が埋められてできたこの道路を1つ目の「橋」とし、その橋の上に2つ目・列車用の「橋」を重ねたため「高輪架道」という名前が付けられたのでしょうか。

観光名所のような感じでも認知されているようで、ツアー旅行客と思しき方々が列を作って歩いている様子もみられました。